映画

映画「エクソシスト 信じる者」に見る宗教感

  「ホラー映画」というものを映画館で見ることはあまりしない。必ずと言っていいほど「ドキッ」とさせるシーンがあり、そういう前兆があるときは心の中で「さあ、来るぞ来るぞ」と思っているところに来るので、驚きが倍増する。倍増した驚きで身体がびくっと動き、周りで見ている人に悟られないか、と気になる。何かと映画に集中できなくなるのだ。

 それでも見たいモノは見たいのでテレビで見たり、最近ではオンデマンドで見たりと映画館以外で見る。いずれも回りが明るいので、なおかつ見ているのも一人なので安心。映画「貞子」も映画館ではなくテレビで見たが、最後のシーン(まだ見ていない人にはネタバレなのであえて言わない)などは思わず一人で「おいおい、そう来るかよ」と心の言葉が口に出た。実は怖がりなのかな。幽霊とかは信じていない質なのだが。

悪魔祓いというジャンル

 さて、そのホラー映画の代表作とも言える「エクソシスト」の続編、「エクソシスト 信じる者」である。ホラー映画の中でも悪魔祓いという題材を世に知らしめた作品である。前作はもう50年ぐらい前。1作目も見たが映画館で見たのか、あるいはテレビで見たのか、記憶が定かではないが、見たのは確かである。

これまでシリーズとしては4作あったようだが、私はその4作は見ていない。今回の作品が1作目の「正当な続編」という位置づけらしい。

 まだ見ていない人のためにもネタバレは避けるが、1作目同様にこの映画は一般的なホラー映画と違って宗教観というものが題材になる。私自身、この映画を単純なホラー映画にジャンル分けされると違和感がある。このあたりの筋になると日本人の宗教観からすると少し理解が難しい。見ていても少しなじみが薄い部分というか、やや話の本筋が見えにくい感はある。

映画界の「約束事」

 単純に見た感想をいうと1作目のシチュエーションを踏襲しつつ、より現代風に仕立て上げた、というのが全体的な印象。取りつかれた女の子の首が1回転する、空中浮遊、良い子は口にしないよね、という汚い言葉の連呼、など1作目との共通項はそのまま。2人が悪魔に取りつかれるなど、いろいろ設定を変えているのだがそれ以前に現代の映画界ではどうしても避けては通れない設定もある。

 例えば人種。以前(例えば30年ぐらい前まで)は、白人が主たる人物で有色人種がど真ん中に立つようなことはなかった。ディズニー映画「マーメイド」が有色人種の設定になったようにアメリカ映画ではこれは避けられない。

 また家族の絆、家族とのつながりというのもアメリカではほぼ確実に設定される。家族のつながりは何物にも代えがたいのだ、という表現である。マイナーな映画やドキュメンタリー映画でもない限り、今のアメリカ映画ではこういった登場人物、設定の在り方は外せないのだ。

見る価値ある映画

 一方で今回の映画でちょっと意外だったのが最後。これはネタバレになるのであえて書かないが、おおむね、今のアメリカ映画では最後にハッピーエンドを迎えるのだが、今回はそうはならない。人は必ずしも平等ではないという、これもある意味、宗教的な意味があるのだろうか。そこまで深読みするほどのことでもないかもしれないが、1作目を見ていなくても十分見る価値ある映画だと思います。

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なんべぇ
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